14 Til I Die

消されるな、この想い

木を見て森を見ず

ソウルで万引き 日本の高校生22人を検挙(日本テレビ系(NNN)) - Yahoo!ニュース

 韓国の警察は、ソウル市内のショッピングモールでベルトなどを万引きした疑いで日本の高校生22人を検挙したと発表した。
(中略)
 韓国の警察によると、先月27日、親善試合のため韓国を訪れていた日本の高校のサッカー部員22人がソウル市内のショッピングモールでベルトや財布など70点余り(約28万円相当)を盗んだという。(後略)

以前も某・私立高校の集団窃盗疑惑が浮かびましたが、いつの時代も、そして大概の地域・国でもこういった「集団による犯罪行為」が見受けられない事は少なく、例を挙げれば枚挙に暇がありません。上記事件を引き合いに出すまでも無く、本邦においてもそういった事件は少なくありません。特に凶悪な集団犯罪を思い出してみても、「名古屋アベック殺人事件」や相撲部屋でのリンチ殺人、陰湿ないじめによる「追い込み」と結果としての自殺など、耳を疑いたくなるような事件が次々に浮かびます。
今回の事件は殺人でも強姦でもなく窃盗ですが、集団による悪質な行為という意味においてはなんら変わり無く、むしろ集団行動により罪の意識が薄かった可能性もあり、そのままエスカレートしていく可能性すら否定出来なかったと思います。
学生による集団犯罪で際立っていたものと言えば、俗に言う「スーパーフリー事件」が挙げられるでしょうか。こちらはかなり組織的に役割分担などを行い、女性を輪姦する事自体を目的として活動していた犯罪サークルですので、今回の集団窃盗事件とは性質が異なるという向きもあるかもしれませんが、22人もの少年がわざわざ海外で一致団結して窃盗行為にあたる、という異常性からは、常習性もしくは組織的に慣習化していた可能性も否定出来ない訳で。
突発性にしても常習性にしても、どちらにしろ集団と言う形態が罪の意識を軽くし、あるいは組織的行動により犯行を容易にし、実行への動機付けを後押ししたであろう事は想像に難くありません。


恐らく多くの人がこの事件については眉をひそめ、少年達を糾弾する事でしょう。毎度お馴染みはてなブックマークのコメントを眺めていても、大概の方がそういった向きの発言をされています↓
はてなブックマーク - ソウルで万引き 日本の高校生22人を検挙(日本テレビ系(NNN)) - Yahoo!ニュース

しかしながら、一部のコメントについては違和感を禁じ得ませんでした。何やら「日本人の民度」の話になっていて「他国を笑えない」だとか、何故か日本人全体の話にすり変わっている。その為、私は下記のようなコメントを残しました。

実刑でお願いします。/この手の事件を根拠に「日本人の民度は低い」とか言っちゃう人は、韓国の一部右翼が日の丸燃やしてるのとか見て反韓意識高めちゃう連中と同じ論理だと気付いた方がいいですよ?
http://b.hatena.ne.jp/entry/246881629/comment/sumida

民度が低い」――実に便利な言葉です。確かに私自身も、海外でデモや災害がきっかけとなり略奪や暴行などが広がっているという報道に対して、ついつい使ってしまった事があります。これは暗に「自分の国は民度が高い」と言っているようなものですから反省すべき所でしょう。頻度や規模の差はあっても、日本人でも災害を隠れ蓑に略奪や犯罪を行っている人間は存在します。
そもそも「民度」という言葉の定義は酷く曖昧です。上記例で言えば、略奪や暴行などの行為を行っていた人々は全国民の何パーセントか、という統計が取れているわけではありません。中国での反日デモはかなりの人数が関わっていましたが、それでも国民全員が参加していた訳ではありませんし、参加者の全てが犯罪行為を行っていた訳でもありません。目立った人々が犯罪行為を行っている=民度が低い、等というのは暴論でしょう。

多くの人々が関わっていてもそれが国民国家全体の統一意識による行動とは限りませんし、私がブックマークのコメントで挙げたように「日の丸を燃やす韓国の右翼*1」がいたとして、では韓国国民全体がそのような行為を是としているかと言えば必ずしもそうではない訳で――最も、大統領や首相の発言として日本憎しを喧伝しているような国家ですのでその数は少なくないかもしれませんが、それは民度ではなく教育や国策の問題ですのでまた別個の話です。

上記を踏まえて――「自分達の事を差し置いて、他国を『民度が低い』と嘲笑うべきではない」という言は実に正論だと思います。その通りだと思います。しかし、今回の事件を槍玉に挙げて「見ろ! 日本人の民度はこんなに低いんだ! 他の国を笑えないだろう?」と言うのは暴論もいい所です。上記の、その国の目立った欠点を挙げ連ねてそれがさも全体に適用されるかのように「民度が低い」とこき下ろす、下卑た行為と全く同じ論理を振りかざしている。
他人の間違った論理を批判するのに、批判対象と同じ論理を用いる。矛盾もいい所です。


もちろん、たとえ一部でもあっても醜悪な行為(犯罪)を行う集団が存在すれば「民度が低い」と判断して良い、という論理を持って=「民度が低い」論理は日本にも適用される=集団犯罪が起こらない国など殆どない=「民度が高い」国など存在しない、という壮大な主張をされているのでしたら私から何も言う事はないのでしょうが……そんな悲観主義は、文字通り悲しいじゃないですか。

*1:右翼の定義についてはやはり色々あるかと思いますが、ここでの意味は文脈に沿ったもの、とご理解願います。