14 Til I Die

消されるな、この想い

ミステリレビュー「鉄鼠の檻」 著:京極夏彦

文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)

文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)

京極堂」シリーズ第4弾。

謎の巨刹・明慧寺。その強固な結界に訪問者が訪れた時から、仏弟子たちが次々と惨殺される事件が起こり始め……。京極堂をして「分が悪すぎる」と言わしめるこの怪異に、果たして終わりは訪れるのだろうか?

 前作までの京極堂シリーズは、京極堂による「憑物落し」によって怪異を解き明かし、幻想に囚われていた人々を現実の世界に引き戻す事によって解決を見てきた。もちろん、本作においてもその手法は健在なのだが、少々毛色が違うように見受けられる。
 本作においては、確かに京極堂による「憑物落し」が行われ、怪異は解き明かされる事になる。だが、それでもなお「幻想」がどこかに生き延びていて、余韻を残すのだ。そしてこの「幻想の余韻」は本作より後のシリーズにおいて、より顕著になっていく傾向にある。
 「本格」としては今一歩サプライズが足りない感があるが、本作が醸し出す「結界」という世界観は圧巻。読者としても、ここは「作品」という名の「結界」に囚われた気持ちで読んでみると、より一層楽しめる作品だろう。
評価:★★★★★
(初稿:2004/10/30)

ミステリレビュー「放課後」 著:東野圭吾

放課後 (講談社文庫)

放課後 (講談社文庫)

デビュー作。江戸川乱歩賞受賞作。
 高校内で発生した密室殺人事件、その謎を追う高校教師、女生徒達の怪しげな振る舞い……。「学園ミステリ」を「本格」の方向へ少しだけ軌道修正するとこのようになる、といった見本のような作品。
 トリック、ドラマ展開ともに破綻と言えるようなミスは無く、基本に忠実なミステリに仕上がっている。が、裏を返せばミステリとしての「爆発力」に欠ける、とも言える。もっとも、本作は人物描写とそれに伴う物語の流れが支持されているようなので、一概に欠点とは言えないのだが。
 「結末」については、唐突に過ぎるように思えた。確かに、伏線(というか余りにもあからさまに「隠された事実」を示した描写)はきっちりと仕込んであったが、何故「彼ら」がそこまで極端な行動に出てしまったのか、その理由が少々希薄なように感じた。
評価:★★★☆☆
(初稿:2004/08/02)

ミステリレビュー「暗黒館の殺人」 著:綾辻行人

暗黒館の殺人(一) (講談社文庫)

暗黒館の殺人(一) (講談社文庫)

暗黒館の殺人(二) (講談社文庫)

暗黒館の殺人(二) (講談社文庫)

暗黒館の殺人(三) (講談社文庫)

暗黒館の殺人(三) (講談社文庫)

暗黒館の殺人(四) (講談社文庫)

暗黒館の殺人(四) (講談社文庫)

「館」シリーズ第6弾。
 現在の所、シリーズ一の大長編。
 本作を端的に評価するならば、次の二つに集約される事だろう。即ち、「『館』シリーズの最重要作品」と「ミステリとしては凡庸」に。
 もちろん、本作のトリックや世界観について「凡庸なミステリ」であると主張するつもりはない。その二つについては、「綾辻行人以外には体現できない極上の世界」であると言えるだろう。しかしながら、本作では真相解明までの流れが冗長に過ぎ、またあからさま過ぎる伏線の数々によって、「たった一言で世界がひっくり返る」類の「心地よい驚き」を感じる事が困難になってしまっている(もし、あの人物の素性について「騙された!」と感じた人がいたならば、失礼ながら洞察力不足と言わざるを得ない)。
 読者によっては、「人形館の殺人」の時と同じ「シリーズ作品が故の失敗」を感じる事になるかもしれない。また、あまりにも幻想小説に寄り過ぎた本作について、拒否反応を示す方もいるかもしれない。
 しかしながら、本作を「シリーズの線引き的作品」と割り切ってしまうならば、決して非難された出来とまでは言えないという所が、本作の評価を困難にしている。どちらにしろ、シリーズの読者以外にはお奨めできない。
評価:★★★☆☆
(初稿:2004/09/16)

Kindle版も有。

ミステリレビュー「ルー=ガルー  忌避すべき狼 」 著:京極夏彦

分冊文庫版 ルー=ガルー《忌避すべき狼》(上) (講談社文庫)

分冊文庫版 ルー=ガルー《忌避すべき狼》(上) (講談社文庫)

 京極作品には言ってみれば「はっちゃけた」作品が多いのだが、それにしても本作の「はっちゃけ」振りは他に類を見ない物ではないだろうか。
 舞台は近未来。主人公は14歳の少女達。一般読者から寄せられた未来設定の数々。そのどれもが、「妖怪作家」として知名度を上げてきた京極からは、程遠いようにも感じる。そしてその印象通り、本作は従来の京極作品とは少々毛色の違う仕上がりとなっている。
 とにかく、本作は軽快(というと語弊があるが)なのだ。前向きな少女達や後半部のテンションの高い場面展開、そしてその裏に潜むある種のデリケートさ。一部の方にしか分からない例えで恐縮だが、まるで「我孫子武丸が乗り移ったかのような」作風だ。 名作というよりは怪作、優秀作というよりは問題作、といった評価が本作にはふさわしいだろう。もちろん、褒め言葉として。
評価:★★★★☆
(初稿:2004/09/22)

ルー=ガルー 忌避すべき狼 完全版(1) (KCデラックス エッジ)

ルー=ガルー 忌避すべき狼 完全版(1) (KCデラックス エッジ)

漫画版についてはノーコメント。

ミステリレビュー「青の炎」 著:貴志祐介

青の炎 (角川文庫)

青の炎 (角川文庫)

映画「青の炎」の原作

――家族を守るため、少年は「殺人」を決意する。

 警察にも法律にも見放され、生来の頭の良さと若さゆえの性急さから「完全犯罪」を企てる主人公の少年。本作を読んでいて最も強く感じた事、それは主人公の「孤独さ」だった。
 なまじ頭が回るだけに、何とか自分だけの手で問題を解決しようと苦しみ続ける主人公。もし、彼が少しばかり情けない思いをしてでも、友人や周りの人間に助けを求めていれば、「殺人」という最終決定を下さずに済んだのでは? という気持ちが強く残った。
 本作は、読んだ者の心にその類の「刹那」を残して終局へと向かう。哀しいが故に、本作は名作である。それがまた「切ない」所だ。
評価:★★★★☆
(初稿:2004/08/20)

青の炎 角川文庫

青の炎 角川文庫

青の炎 Blu-ray

青の炎 Blu-ray

ミステリレビュー「狂骨の夢」著:京極夏彦

文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)

文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)

京極堂」シリーズ第3弾。
 本作は、他の同シリーズ作品に比べると比較的大人しい構成になっている。とは言っても、それはメイントリックがそれほど突飛でない事と、ある方面の知識を持っている人間ならば本編中の謎の一つについて、容易に想像が出来てしまうというだけの事であり、本作は間違いなく優秀作の範疇にあるだろう。
 現れては消える金色の髑髏、山中での謎の集団自決、夫を四度殺した女、幼少の頃に見た淫夢に苦悩する精神科医。「夢か現か幻か」とでも表現するに相応しい怪しげな数々のキーワードは、「仮想戦後ミステリ」とでも呼ぶべき同シリーズの面目躍如といった所か。
 「幻想の世界から京極堂の憑物落しによって現実の世界に引き戻される衝撃」という点では、本作はシリーズでも1,2を争う出来に違いない。
評価:★★★★☆
(初稿:2004/10/30)

ミステリレビュー「双頭の悪魔」 著:有栖川有栖

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

「学生アリス」シリーズ第3弾

山奥深くに存在する芸術家達の村に迷い込んだまま、マリアが戻らない。彼女を救出しようと出向いた推理研究会の面々だったが、行動半ばにして大雨により橋が流され、江神とマリア、織田&望月とアリスの二組に分断されてしまう。 そして、そんな彼らの状況に合わせたように、双方の周辺で殺人事件が……。

 まず、これから本作を読む方には、必ず前二作(「月光ゲーム」「孤島パズル」)を読んでから挑む事を強くお奨めする。前二作を読んでいなくともミステリとして支障はないが、作品の魅力が大きく減退する事だろう。
 「後にも先にも有栖川の最高傑作」と評される事も有る本作は、有栖川氏の他の作品と比べると格段に完成度が高く、エキサイティングな物に仕上がっている。
 シリーズ伝統の「吹雪の山荘」シチュエーションも三作目ともなればマンネリだろう、と思っていると思わぬしっぺ返しを食らう。激流によって分断されたそれぞれの土地で合わせ鏡のように殺人事件が起こる等というそれは、それだけで垂涎物のミステリではないだろうか。
 また、本シリーズはその登場人物達が非常に魅力的だ。下手をすれば少女漫画のキャラクターにでもなりかねない江神の人物設定や、アリスとマリアの微妙な関係など、作者の力量次第ではいくらでも薄っぺらくなってしまうものだが、しっかりとそれぞれの個性が発揮され、ミステリとは別の部分で彼らの物語自体を純粋に楽しめるレベルに達している*1
 これぞ「本格」ミステリ。
評価:★★★★★
(初稿:2004/08/18)

*1:反対に「火神・アリス」シリーズではあまりにも漫画チック過ぎるきらいがあるが